核心的価値を求めて
お久しぶりです。無事2月にあった大きなテストも終わりまして、ありがたいことに年度内は旅行しまくることが推奨される立場1)となりました。そこで先日の記事で紹介した通り、部の面々で中華人民共和国とその特別区を訪問してきましたので紀行文にして紹介しようと思います。
なぜ中国なのか
政治的興味
僕は政治に関心があります2)。政治学で政治がどのように定義されているかは分かりませんが、小さな組織であれ大きな組織であれ集団の方針を決定するプロセスとその結果の受け止め方が政治であるとすれば、それは幼少期から青年期に至る過程で僕が求めた能力に合致します。そのため日本の国政や地方行政へ自然と関心を持つようになったからです。
そのような思いがあれば、自然と経済的・政治的・地理的に影響力の強い中国に興味を持たざるを得ません。僕は左派政党に親近感を持つ立場ですが、中国当局の姿勢3)に同意はできませんし、内外の人権問題には批判的です。ただし一方で、近年の目覚ましい経済発展やソフトウェアパワー、そして内需自立型の経済を現時点で成し遂げていることは尊敬していますし、またおそらく大多数の中国国民もその発展を歓迎し、少なくとも現時点でその施政を高く評価している人の割合が大きいだろう4)、と想像していました。
翻って日本の先行きは悲観的な予測ばかりです5)。もちろん中国も少子化していますからいずれ日本と同じ運命をたどるのかもしれません6)。とはいえ、今後数十年は国力に関して中国>日本という状況は続くと思いますし、またそうでなくても近くにありながら政治的に異なる価値観を持つ大国を垣間見たかったという思いは昔からありました。
訪中団構成と謝辞
そこで部活動で同志を集め、訪中団を組織しました。Aくん、Sくん、Tくん、Rくんです。僕は中国語はもちろん英語もできませんので彼らに大いに頼ることにしました。彼らがいなければ現地で詰んでいたことは疑いないですし、またそもそも旅行できていなかったでしょう。謝辞を先に述べておくことにします。
- Aくんはこのメンバー随一の計画性を発揮し、事前の大まかな移動計画から列車の策定を手配してくれました。また現地では英語での交渉はもちろん、香港で日本人相手のキャッチに対してはノータイムでWe are Koreanと返す起点を利かすなど、途上の安全に配慮してくれました。トイレットペーパーを持ち込んでくれたところもナイスです。
- Sくんはメンバー随一の豪胆さと突破力で要求を通してくれました。飲食店で注文が通らなかった際は彼が気合でコミュニケーションを代行してくれましたし、中国流の文化をすぐに吸収して実践することに長けていました。まず彼が実行し、僕はそれを真似すればよかったのです。おかげで香港の吉野家は彼の注文の直後に”same one, please”で通せました。
- Tくんは地図が読める男です。ホテルの最寄駅すらよく忘れる僕を導いてくれたのは彼でしたし、また彼のおかげで我々は東京メトロを遥かに超えて複雑な上海や北京の地下鉄で進路を見失わずにすみました。誰かが政治的・文化的・社会的に不適切な言動をした場合に、「コラっ!」と愛のある叱責をしてくれたおかげで現地で文化摩擦に直面せずにすみました。
- Rくんは最年少で中国語とのバイリンガルです。出発前、我々の計画の杜撰を看過しなんとか旅行が成り立つように腐心してくれたのは彼でした。後述するように実際に現地に行ってから予約がとれない自体に直面しても、彼と彼の親族が迅速な対応をしてくれたおかげで主要な観光地を回ることができました。万里の長城で数字を教えてくれたおかげで現地の人に好意的に思われて嬉しかったです。
それでは旅行記に入りましょう。長い記事になると思いますので適宜更新していきます。
1日目:島国→上海→北京
往路航空機編
中国への最初の一歩に使ったのは成田空港を11時頃出発する中国東方航空の便です。こちらはtrip.comで取得しました。オンラインチェックインができなくて焦ったのですが、yahoo知恵袋によるとできなくてOKだったみたいですね。本当に行けるのかと心配になりましたが、無事カウンターでチェックインできました。
搭乗すると機内はほぼ中国語オンリーでした。機内食の選択でRくんがいきなり牛と海鮮の選択をしてくれたのがおそらく最初に中国語を使った場面です。硬い座席に座り続け、4時間ほどで上海に着きました。
さて上海は非合法時代の中国共産党がコミンテルンからの使者マーリンの呼びかけで第一回党大会を開いた地7)でもあり、またラブライブスーパースター3期5-6話で描かれたように、唐可可の故郷8)でもあります。もちろん中国指折りの経済都市でもあります。安くて所要時間の短い直行便があったからという事情もありますが、短いながらも上海滞在を選んだのはそうした要素が魅力的だったからです。
さて機内でimmigration cardを書き、ごく簡単な審査(ビザ不要です!)で入国するとまず確保すべきは通信手段と決済手段です。前者に関しては僕はesimを、みんなは成田でwifiを確保していたので問題ありませんでした。後者についても事前に最新の地球の歩き方で予習していたので、wechatおよびalipayのパスポートによる個人認証とクレジットカード登録を済ませていたのですぐ使えました9)。よってキャッシュは一切使わないスマートライフがスタートしました。
市内観光編
空港からリニアモーターカーが通っているということは知っていたのでそれに乗りました。最高速度の430キロは出ず、300キロで巡航していましたが、リニアモーターカーが随分前に実用化10)されている点に感動しました。どこで乗り換えたのかも覚えていませんが中心地らしきところにゴロゴロと荷物を転がして移動しました。するとたどり着いたのは中華街らしい感じの中華街でややテンションがあがりました。
さすがに繁華街ですのでキャッチの類がいますが、不要(bùyào)を教わってからかわせるようになりました。路上で小籠包を食べ、空いている中華11)に入りました。これからもしばしば見られることですが、注文方法がAlipayでQRコードスキャン→各自で頼むごとに決済という方式でした。この注文方法だと店員さんとほとんど話す必要がありませんので言語弱者にとってありがたい一方、なんらかの注文エラーが生じると非常に対応がめんどくさく、実際後々苦しまされることになります。
さて食事を終えると夜行列車の時間まで残っておらず、ラブライブスーパースターでも描かれた上海の夜景がきれいなスポットに来ました。小雨が降っていましたが、それがまた幻想的なリフレクションを起こして満足な夜景写真が撮れたので良かったです。林立する摩天楼の合間を、中国国旗がはためく景色は彼らの自負と愛国心を感じさせますし、またそれを僕達外国人に納得させるのに十分なものでした。
<ラブライブスーパースターで見られた景色です>
<黄浦江の対岸は歴史的な建物が立ち並び幻想的です>
夜行列車編
さてAくんとTくんの的確なガイドで上海南駅につくと、そこは空港のような巨大な施設でした。もちろん手荷物検査・パスポート認証があります。部の指導者に忠告されたのですが、一般に外国の駅は軍事施設扱いの場合があるそうです。日本の感覚で写真等を撮って12)はならないと言われたので撮ってよいのかはわからないのですが、こんな感じでした。
<空港並みのサイズ感でビビります>
時間通りに電車に乗れたことに安堵すると、電車内は3段ベッドで訪中団5人+中国人の王さんでした。王さんは最初に「私の名前は王です」と日本語で話してくれたにも関わらず、我々が傍若無人にも大富豪をして騒ぎまくるので最悪な思いをさせてしまいました。毎度のことですが、我々の加害性を反省しています。以降12時間乗車しましたが僕はぐっすり寝られて大満足でした。他の面々も概ね寝られたようです。情報によれば本邦の宰相閣下は夜行列車が好き13)なようですが、
2日目:北京(盧溝橋周辺、北京ホテル周年、北朝鮮レストラン)
起床からホテルへ
<北京の地下鉄は相当に複雑で、この一点でも東京を超えています。>
北京南駅から地下鉄一本のところに陶然亭というホテルの最寄駅があり、まずそこに荷物を置きにいきました。地図アプリ高徳地図を頼りにたどり着いたのは、スーパーなどが入居する雑居ビルの4・5階にあるホテルでした。ホテルと言うと単一のビルをイメージしがちであったのでやや意外でしたが、安くてアクセス良好な素晴らしい宿でした。ただし中国語しか通じないので、受付交渉その他はRくんに頼りっきりでした。
盧溝橋
チェックインまで数時間時間があったので、ホテルの横の食堂で朝ご飯として中華まんを食べた後、少し遠出して盧溝橋と抗日博物館を見に行こうということになりました。もちろん、政治的興味に基づいてですがこれらの施設はぜひ見ておきたいと思っていたのです。地下鉄に小一時間ほど揺られたどり着いたそこは、残念ながら改修のため数日前から閉鎖されていました。
<閉鎖された盧溝橋>
電子化社会から弾かれた旅行者
がっかりしつつ、では中国人民革命軍事博物館に行こうかと考えながら電車に乗った折、地球の歩き方いわく、それらの施設はいずれも予約が必要ということではありませんか!Aくんに確認すると、WeChatのミニプログラムから予約できるそうですのでやってみました、すると混雑により予約がとれなそうです。それは仕方のないことですが、生じた懸念は重大でした。WeChatを通じたどんな施設の予約にも、中国でSMSが受け取り可能な電話番号が要求されるではありませんか!つまり、万里の長城も故宮博物院も、そして天安門広場も中国の電話番号がないと予約すらできず、したがって観光できない可能性が生じたのです。
これでは中国の核心的価値を垣間見るどころではありません。一行は朝訪れた北京南駅のローカルファーストフード店で作戦会議をすることにしました。その結果行きたい観光地と取得できた予約は下表のとおりです。
<表1:予約可否>
| 観光地 | 予約可否 | 理由 |
| 故宮博物院 | ✗ | SMS認証届かず、また前日以前の予約が必要 |
| 人民法院 | △ | SMS認証届かないもののtrip.comで代理予約可能だった |
| 中国革命軍事博物館 | ✗ | そもそも予約サイトの段階で混み合って取得不能 |
| 天安門広場 | ○ | なぜかTくんの日本の電話番号を入力したらSMS認証突破できた |
| 万里の長城 | ? | ガイドブックには特に予約が必要とは書かれていないが、本当に外国人が個人でいけるのか不明 |
| 毛沢東廟 | ✗ | 日程的に休館 |
ということでした。なぜか天安門広場の認証だけ突破できたのは幸運でしたが、万里の長城含め行けるのか不明な状況に陥り、ホテルに戻る足は重かったように思います。
<この状態になり、SMSを受け取れる電話番号が提示できず詰みます>
ホテルにて
ホテルに戻り、大富豪で部屋割りを決定したら、僕はやや落ちたテンションで少し寝てしまいました。ただこのときRくんAくんがホテルの受付の方との交渉してくれた結果、翌日の万里の長城の手配をしてくれました。言われたことは下記のようです。
- 明日予約なしに万里の長城に行くのは無謀だ。
- 宿を7時に出ても到着するのは11時である。
- 午前と午後にチケットが別れているはず。
- 今からでもツアーに入った方が良い
- ツアーを手配してやる。
- 明日7時にホテル前でピックアップする。
- 運転手のWeChatアカウントはこれこれである。
北朝鮮レストランへ
これらをRくんがまとめてくれたおかげで少し希望が出てきた一行は、念願の北朝鮮レストランに向けて出発しました。とりわけAくんが行きたがっていたのですが、北京には本場平壌にある
「玉流館」の支店があり、スタッフは本物の北朝鮮国籍が体制側から派遣されているという話です。言うまでもなく北朝鮮当局の施政はひどいものですし、中国を遥かに超えて抑圧されている北朝鮮人民を興味本位で冷やかすような行為は道徳的に優れたことといえません。またそれでなくても北朝鮮レストランの食事を通じて北朝鮮に資金を流すことは褒められた行為ではありません。
しかしながら、今までマジョリティの日本国民として生きてきた我々にとって、生の北朝鮮人民に接する唯一の機会でした。それが外国のショーウィンドウに並べる用に加工された姿であっても、そこに生きる人々を垣間見てみたいという思いが、我々を北朝鮮レストランに向かわせたのです。宿から電車で一時間ほど、望京駅のコリアンタウンとされる一角に、果たしてそれはありました。
入店すると長蛇の列で、エリートサラリーマン風の中国人やデート中と思しきカップルで賑わっていました。僕らが中国人でないとわかるやいなやパスポートを求められました。「あれはおそらく韓国人でないか確認したんです」とAくんが言い、僕はなるほどと思いました。混雑にも関わらずいくつか順番を飛ばして案内された僕らは2階のテーブルに着いてメニューを渡されました。価格帯は、北京の物価水準と比べ高いです。定番の平壌冷麺は300gで日本円で1000円を超える程度だったと思います。その他、和牛や寿司を含め、日本料理や中華料理が書かれてしましたが全般的に割高感がありました。
「この日のために韓国語14)を学んだのです」とAくんが言い、僕らはハングル表記をメモ帳に移しオーダーをしました。どうやら2階は1部屋あたり3卓あり、その部屋が3つほどあるにも関わらず2名ほどの朝鮮人ウエイトレスが給仕しているようでしたので、料理が出てくるのが遅かったです。また意外と量が少ないことがわかりいくつか料理を追加しました。
<冷麺が美味しい>
途中、念願の北朝鮮女性の歌唱ショー15)があり完全にシンクロした動きに感激すると同時に、そうしたシンクロを可能にする体制の暗部について考えを巡らせやや後味の悪い気持ちに(僕は)なりました。
さて支払いは履歴が残るのを嫌って初めて人民元で行いました。終盤はスタッフの方が着いてきてくださったり、感激するAくんにウィンクしたりとホスピタリティが高かったです。さすが外国で宣伝の役割を担わせるだけのプロフェッショナリズムがあるな、と素直に思いました。
完全に汚い話:初腹痛、排便可能性の管理を真剣に考える
北朝鮮レストランからの帰路は1時間以上地下鉄に乗る必要があります。そこで僕は中国に来て初めて腹痛に直面しました。お腹がめちゃくちゃ痛いのです。ちょうどAくんがインドで腹痛に敗北した話を聞いてたので敗北可能性が脳裏に何度もちらつきました。しかし僕は物心ついていこう便失禁したことがありません。1時間肛門括約筋と格闘し僕は無事ホテルに戻ることができました。
こうした汚い話を書いたのは中国におけるトイレ事情に言及するためです。香港はまた別な部分もありますが、中国本土のトイレは下記が前提だったように思います。
- 空港や高級レストランなどを除き、トイレットペーパーは常備されていない
- トイレは和式が多く、日本のいわゆる和式トイレとは逆向きに使用することが想定されている。
- ホテルなどのトイレはシャワーと完全に一体となっている。
- ホテルにおいても、トイレットペーパーは1日あたり僅かな量しか配布されない。
- トイレットペーパーは流せず、備え付けのゴミ箱に廃棄する。
したがって地下鉄レベルのトイレでは紙がなく詰んでしまう可能性がありました16)。以降の観光でも、万里の長城などでは紙つきの排便は望めないため、僕はAくんを見習ってティッシュを持ち歩き、さらに万が一に備えて換えの下着を持ち歩きました。また腹痛可能性を改善するためにホテルでの朝夕の規則正しい排便習慣を意識するようにしました。トイレットペーパーを持ち歩いくAくんの賢さに脱帽です。
さて汚い話は終了です。僕は無事排便を終えると翌日の万里の長城に備え安心して眠りにつきました。
3日目:北京(万里の長城と謎のツアー)
狭い車で
Rくんが運転手さんとやりとりしてくれて、7時頃に迎えの車がやってきました。果たしてやってきた車は、アジア人としてはガタイの良い僕達を収容するには全く不十分で、これで2時間ほど行くのか…と絶望しましたが、結果的には10分そこらで大型バスに乗り継ぐこととなりました。この日の僕達は徹頭徹尾自分たちがなんのツアーに参加しているのか知らなかったので、すべての工程が予想外でした。
バスツアーに参加
バスの中はというと外国人は僕達だけだったようです。Rくんが僕達4人は中国語を全く解さないことを申し出てくれて、事務的な対応はすべてRくんを介す形になりました17)。観察するに、中国の地方からやってきた人々の北京観光ツアーのようでした。万里の長城までの道中ではガイドさんがずっと喋っていましたが、僕達は当然全く内容を理解できず18)、早起きの疲れもあり熟睡してしまいました。
万里の長城で
万里の長城でとれた時間は2時間、ガイドさんが手配してくれたチケットでロープウェイに乗り入場しました。最初は2時間しかないのかと思っていましたが、それで十分でした。永遠に続く階段がめちゃくちゃきつかったからです。
<永遠に階段が続きます>
秦の始皇帝のことを考える以前に来た道を戻るために登ることができず、一行は階段に座り込んでRくんから中国の数字の数え方を習い始めました。すなわち1 yī,2 èr,3 sān,4 sì,5 wǔ,6 liù,7 qī,8 bā,9 jiǔ,10 shíという具合です。その後再び登り始める頃には階段を中国語で数えながら登りましたが、Rくんによると周囲の中国人の方から「あいつら数字覚えとるわ」と好意の入り混じったきいの目線を向けられていたようです。
万里の長城の人混みの多さはまさにオーバーツーリズムでした。しかし日本のそれと違うのは観光客に占める外国人の割合がほとんど0なことです。このことは、①中国が自国の観光産業を通じて外貨獲得機会を逃している、②中国は観光を外貨獲得の手段とする必要がないの2通りに解釈できます。個人的には②の解釈が妥当に思われ、クールジャパン戦略や訪日外国人の数を喜んだり、ましてや訪日外国人に日本をヨイショさせる風潮も虚しく感じられます。
効率化されたお土産
さてバスに戻るとまたなにやらガイドさんが漫談しながらどうやら周辺の城壁について話しているようです。中国公民の方達が「哈哈哈」と笑う際に、僕らもすかざす「ガハハ」と相づちをいれてました。日本人特有の愛想笑いを汚くした感じです。そんなこんなで全体に同調したり睡眠を取ってるうちにどこかの施設に止まりました。どこの観光地に着いたのだろう?と思いましたが、果たしてそこはお土産屋さんでした。
バスツアーのお土産屋さんと聞くと、どこかのドライブインや道の駅で民芸品や食料品を自由に買う機会を得るということをイメージするかもしれません。しかし、中国のそれはなんというか工場生産に類似していて、順路に沿って歩くうちに様々な食料品の試食が文字通り押し付けられ、歩いているだけでお腹いっぱいになるものでした。北京ダック(それがなんであるか理解できたのは唯一これだけです)、謎肉ジャーキー、謎果物、謎お菓子、、、どれも美味しいものでした。考えてみればこの販売様式は効率的で、中国の特色ある社会主義を体現したものに感じられ、僕はそれを好意的に思いました。ただ僕達は食品を買っていくわけにもいかず、また買い方もわからないので色々話しかけられても謝謝だけで通しましたが、民芸品の一部に心惹かれました。そうです、毛主席語録です。
前述した通り僕達は政治的興味で訪中したものの、政治的象徴のお土産はどこで買えるのかわかっていませんでした。そこに舞い込んできた機会です。大興奮の中Alipayを起動し、すぐに購入しました。嬉しすぎてすぐXにポストしてしました。通訳してくれたRくんが「日本人はもっとスタイル良いイメージがある」と言われ、僕らはガタイの良さを示すことができたと満足しました。
水餃子で国際交流
いくつかの思想的民芸品をゲットしてバスに戻ると、次の目的地は謎の料理店?でした。ツアー客は1卓に10脚ほどの椅子がある場所に案内され、どうやら食事が着いていたことが判明しました。僕らは中国公民の中年男性2人、10歳前後の少年2名と合わせて卓につきました。テーブルクロスの引かれた円卓の中央には大きなトレイがあり、順次ここに緑色・白色2種類の水餃子が放り込まれていきます。中国公民の方と初めて交流する機会です。僕達は言葉ではなく食欲でそれを示しました。トレイの僕達側の餃子の減りが早いことがわかると、対岸の彼らはトレイを僕達に傾け、餃子を輸出してくれます。しかし成長期の少年がいるにもかかわらず、僕達ばかりが食料資源を消耗するのは君子のすることではありません。僕らも負けじと水餃子の飢餓輸出を試みていたところ、次の水餃子が追加されました。量の不足はパイの奪い合いではなく供給の増加によって解決する、そんな精神が感じられました。
おそらく追加された餃子は食べ尽くすことが想定されたものではありませんでした。他の卓を見ると、追加された餃子のほとんどが残されたまま、客が去った光景もよく見られました。中国の食べ残し文化を感じさせられます19)。いよいよ僕達も満腹になり、かつトレイを先方に傾けても不要と言われるに至って、必死に残存餃子を殲滅して食事を終えました。
謎の寺
次の目的地はなんとお土産屋さんでした。再びお土産購入、というわけではなく併設された寺院の観光20)のようです。ここは全く説明がわからなかったのですが、Rくんが聞き取った、「男性は門を左足から、女性は右足からまたぐこと」ということと、「人形の人物の妻が18歳であったこと(ここで笑う)」ということだけ理解しました。問題の人形がいちゃついているシーンが再現されていたのですが、僕達がそれを熱心に覗き見るので皆さん笑ってくださいました。
解散→鳥の巣
バスはいよいよ北京市街に戻り始めました。下車地点として鳥の巣(北京オリンピックスタジアム)が選べるようだったのでそこで降りることにしました。寺院から鳥の巣まで僕は寝ていましたが、隣のTくんはどうやら酔って21)いたようです。こういうときに無力な自分を恥じました。
さて鳥の巣は見事な建物ですが、案の定内部の見学はWeChatによる申し込みが必要で、電話番号がなくて詰みました。なのでお土産屋などをぶらつきつつ、一行はRくんが通った小学校と、その近くにある中華料理屋を目指して地下鉄で移動しました。
谢谢奶奶
その中華は見事な建物でした。
<これが通常の飲食店ってすごいですね>
外観と前評判から期待を高めて入店すると、注文はAlipayからでした。慣れた手つきでAlipay越しにオーダーしようとすると、注文の直前に電話番号22)が求められました!飲食店の注文でSMS認証が求められたのは初めてで絶望しました。こういう場合に店員さんに口頭で注文することはおそらく想定されていませんし、またその語学力すらない我々は、中国公民であるRくんのお祖母様に連絡を取り、電話番号を利用させてもらいました。
おかげさまで素敵な北京ダックを含めお腹いっぱい食べられました。
<これかなり量があるのですが3000円強くらいだった気がします。めちゃくちゃ美味しかったです。>
僕達はRくんの小学校の前で記念撮影を撮った後、大いに満足してホテルに戻りました。
4日目:北京(天安門広場→レンタルチャリで疾走)→香港
さてこの日の一大イベントは天安門広場です。天安門広場の見学に言及する前に、北京滞在中に通常エリアや交通機関で感じたことについてまず概述したいと思います。
北京市街の政治性と警備体制
上海でもそうだったのですが、北京の町中はかなりな頻度で政治的スローガンが登場します。そのうち一番多く見られるのが「社会主義核心的価値」といった内容のもので、「民主、平等、自由、公正、正義」などが含まれています。また中国梦(中国の夢)という表現もよく見られ、中国の愛国主義が象徴23)されています。つまり西側諸国に見られるようなデモや選挙ポスターの代わりに、(ちょうどそれと同じくらいの頻度で)当局のプロパガンダが登場します。また、中国共産党規約24)には一定規模の組織では必ず支部を立ち上げることが定められていますから、当然大企業には共産党支部が存在します。例えば万里の長城へのロープウェイを運営する企業にも次のようなスローガンが掲げられていました。
<なんとなく党が中心にあるんだな!ってことだけは理解できる内容>
またこれはRくんからもらったものですが前述した中国の夢と社会主義核心的価値に関連したスローガンも随所に見られます。
<まさに中国の夢です>
僕達はこの旅行中、自由平等公正法治など理解できる部分を覚えようと務めたものです。このように、中国という国家を見るとき、共産党とその政治的スローガンを避けて通ることはできません25。共産党の中央委員会政治局が決定した理論は党の下部組織を通じて実行され、そのフィードバックが細胞から中枢へ伝わる有機的機構をどの瞬間も目の当たりにさせられるというわけです。
外国人観光客の立場でそれが最も強く意識されるのは官憲の警備体制でしょう。僕達は北京や上海の街頭で、観光地で、飲食店街で公安やPOLICEの文字を目にしました。その中でも公共交通機関の警備体制には驚かされました。すべての地下鉄では改札時に手荷物検査が必要なのはもちろん、列車の編成によっては当局の方が同乗していることもしばしばです。西欧でしばしば問題になるようなスリといった軽微な犯罪のリスクを低下させてくれる点では僕達にとってありがたいことですが、軽率な発言に定評のある僕達を常に緊張させてくれるそんざいでもありました。党の統制は、何より「秩序の維持」形で僕達に受容されました。
天安門広場の警備体制・さよならトランプ
こうした政治性とそれが顕現させるセキュリティに慣れていた僕達ですら、天安門広場の警備体制には驚かされました。1号線の天安門広場東駅の改札の直後にまず予約の確認と手荷物検査がありました。それを通過して地上に上がるとすぐにまた同様の検査、さらに50m進むと同じことが続きます。都合4回の検査を経ていよいよ天安門広場に入ろうというときに最後の本格的な検査がありました。
そこではパスポートや予約はもちろん、カバンの中身まで事細かに確認されます。僕は鞄の中のカメラや、あるいはRくんの鞄の中にあるはずの毛主席語録を心配しましたが、ここで問題となったのはトランプでした。このトランプは僕が大学の実習中に班員と大富豪を数え切れないほど行い、またこの旅行中も5人でナポレオンやハーツ26に興じたものです。官憲はトランプを取り上げると無慈悲に没収しました。僕は精一杯食い下がって、「イズ・イット・プロブレム?」と述べましたが、もちろん返答はありませんでした。これ以上抵抗するべきではないと思い僕達はトランプ1セットを失って天安門広場に入場できました。おそらくここで問題になったのはトランプが紙束に当たることではないかと想像しました。すなわち、白紙デモの材料の1種として解釈されたのではないでしょうか。
天安門広場に来られた感動
さて念願の天安門広場です。隣接する毛主席廟、人民法院その他が一同に介する場所です。
<この景色を直接見られたというだけでも、中国に来て良かったと思えました>
観光地としての解説は地球の歩き方を読めばよいので個人的体験談にとどめておきます。
- 官憲がどうしても伝えたいことは英語で言ってくれる(No Photo!)
- 広場内の封鎖は徹底的で、対向車線側にある人民法院に行きたくてもなんらかの事情により通してくれない
といったところでしょうか。人民法院の予約をtrip.comでとっていたのですが、実際にはセキュリティの方に「これは使えない」の一言でした。trip.comの予約が機能しなかった初めての例です。とくに僕は肩を落として広場を後にしました。
マクドナルド→レンタルチャリ
さてこの時点でお昼時で、夜行列車の時間までまだ時間がありました。僕達は最寄りのマックで相談し、北京動物園に向かうことを決めました27。その距離焼く10キロ、僕達はかねてより気になっていたシェアサイクルを使うことにしました。
北京市の歩道にはシェアサイクルがたくさんあります。日本にあるドコモのやつの10倍くらいの頻度です。実名認証・クレジットカード登録を経たWeChatとAlipayで乗れます。僕達はAlipayのものに乗ることにしました。ところが、Rくんに問題が発生します。Rくんはクレジットカードを持っておらず、ここまではRくんのおばあちゃんからのお小遣いをWeChatにチャージして決済していました。この状態では、Rくんはシェアサイクルを借りられないというわけです。
数分間問題解決を試みた後、諦めてRくんは電車で向かうことになりました。このようにメンバーでAをやろうとしているときにあるメンバーXだけAができないとき、とりうる選択肢は
- X以外のメンバーはAを、XはBを行う
- 全員がXに合わせてBを行う
の2つがあります28。このようなとき僕はまず後者の態度を匂わせつつ、Xに自発的に前者を容認する発言をさせ、それを根拠に前者を落とし所とします。いかにも姑息な方針ですがこうやって僕は「切り捨て」の本質的な責任を回避しつつマジョリティたる自己の保身に努めてきました29。
そんなこんなでRくんを除く4人で僕達は北京動物園に向かいました。小一時間程度のサイクリングでしたが、中国の道路交通事情が垣間見えました。まず驚くのは車線の広さです。中国の大きな通りは片側5車線程度の早い走行車線がまず中央にあり、その外側に片側2車線程度の路上駐車を許容するような道路があり、さらにその外側に原チャリや自転車が走行する用の車線があります。市内の大通りはほとんどこの太さが確保されていますので、東京と比較してその経済効率性は明らかです30。また自転車道路も整備されています。日本の自転車道路は路上駐車に圧殺されていることもしばしばで、また地方都市ではドライバーが自転車がいる前提で走っていないのでほぼ機能していないのですが、中国のそれは完全に分離されているので違います。自転車も右折レーン、直進レーン、二段階左折レーンと別れており、信号の頻度も少ないので快適かつ遵法精神を高めた状態でサイクリングができます31。これが社会主義核心的サイクリングです。最後に感じたのは中国のドライバーはクラクションを鳴らすことに一切の抵抗がないことです。別に怒っているというわけでなく、車線変更や警告の意味で(バスドライバーなども含め!)よく鳴らすのでカルチャーショックでした。
このような発見がある他は快適にサイクリングができました。途中、北京大学人民医院を見つけてテンションが上りましたね。
<自転車越しの風景:途中北京大学の人民医院を見つけてテンションが上ります>
北京動物園
さて動物園につくとRくんと合流しパンダなどを見ました。Tくんが動物全般に興味を示し楽しんでくれて良かったです。サル山で弱者男性論について議論したり、僕は中国って多分動物福祉ってあまり意識してないのではないかなぁとか思いながら楽しみました。
帰路
帰りも同様の道をたどりますが、ここでは案内役をTくんが引き受けてくれました。僕は地図を読むのが苦手なので、何個先の交差点を曲がる、ということがうまく指示できません32。Tくんは僕がときおり見せる地図アプリだけで的確に道を選んでくれて大変助かりました。
そんなこんなで一行はホテルに戻る前に食事のため北海周辺の観光エリア33にたどり着きました。大変混雑していてイケてる映えスポットみたいな感じでした。北京で最も資本主義的というか、現代の消費文化を感じさせる場所だったかもしれません。飲食店を探し回り、慣れた手つきでAlipayで注文し、ジャージャー麺を食べました。38元のジャージャー麺と22元のジャージャー麺の違いが良くわからなかったですが美味しかったです。食後は地下鉄でホテルに戻り、荷物を回収した後、北京西駅へ移動しました。
香港行き夜行列車
手荷物検査等を済ませ、列車に乗る前に排便しました。この際中国的和式便所で排便しましたが、当然ティッシュがないので自分で持っていきました。この個室の床はうっすら濡れています。Sくんが排便する際にAくんがトイレットペーパーを貸していましたが、彼はトイレットペーパーを床においてしまい汚染してしまったので、この日を境にAくんはトイレットペーパーを失いました。
夜行列車は11時間で香港までを結ぶようです。北京⇔上海、北京⇔香港の距離と夜行列車の時間、費用の関係は表2のようになっています。
<表2:今回の夜行列車比較>
| 経路 | 距離 | 所要時間 | お金 |
| 上海→北京 | 1212km | 12時間 | 約1万円 |
| 北京→香港 | 1966km | 11時間 | 約2万円 |
というわけで今回の香港行のほうが距離が遠いのに所要時間が短く高級というわけです。ボックスも上海→北京では3段ベッドでしたが、今回は2段ベッドです。Aくんだけ他のボックスとなってしまいました。僕が早めに疲れて寝てしまったので、Aくんと交代してあげればよかったな、と思いました。
5日目:香港(重慶マンション→モンスターマンションなど→香港夜景)
資本主義の世界
香港南駅に着いたのは8時頃で、その蒸し暑さに驚かされました。一番薄いズボンに着替えて正解でしたね。さて電車を降りてまずすることは中国本土の出「領域」審査と直後の香港行政区の入「領域」審査でした。とくに問題なく通過すると、一行はExchangeの前で足を止めます。今後中国本土で使えていたAlipayやWeChatは原則通用しない領域に踏み出すのだ、と僕はあまり実感出来ていませんでしたがAくんやTくんはそれを意識してくれてたようです。彼ら曰くレートが市中のほうが良いということでしたのでここでの大規模な両替はスルーすることにしました。ホテルの最寄駅Tsim Sha Tsuiに向かうことになります。
地下鉄の改札をAlipayで通ろうとしましたが、使えませんでした。ここでようやく僕はようやく一国二制度を感じました。本土→香港により、①AlipayやWeChatは使えなくなり、Visaタッチや現金が主な決済手段となる34、②Googleのサービスの公式サポートが復活する(Google Mapが信用できるようになる)、③地元の人が全員英語を話すようになる、という大きな変化がありました。②はともかく①の方は電子的明朗決済からの反動と言わざるをえません。ただ文句を言っても仕方ないので香港の交通系IC、Octpusが必要になり、Aくんがすぐにキオスクの店員さんから買ってくれました。すでにチャージされた100HKDで最寄り駅まで向かいます。乗り換えのガイドはTくんがやってくれました。
さてTsim Sha Tsui駅を降りるとまず道路が左側通行!SOGOなど日本企業の看板の多さ!など日本に近づいてきたことが意識されました。望郷の念が刺激されるというよりは、そのことに安心してホテル”New York Guest House”に向かうと果たしてたどり着いたのは重慶マンションでした。そこは入口に多国籍のキャッチが多数立っており、1階は例えるなら秋葉原のラジオデパートのような雰囲気でスマホ店や青果店、屋台風のレストランやExchangeがひしめき合う不思議な空間でした。僕達の”New York Guest House”はここのB棟7階にあるようでした。キャッチを巻きながらエレベーターに乗り込むと、その目の前の窓からの景色がサイバーパンクな感じで気に入りました。
<サイバーパンクですね>
ただのマンションの一室にしか見えないところにインド系と思しきご主人の方がいて、そこに荷物を置きました。僕が予約は2日になってますか?と頑張って英語で聞こうとしましたが、文法も発音も終わっていたので、チェックインは14時ですと返されAくんを苦笑させてしまいました35。一行はとりあえず最寄りの中華で美味しい香港風の牛麺を食べた後36、チェックインまでCentralと呼ばれる香港島の中心地に向かうことにしました。
モンスターマンションへ
僕は「ほんこんとう」のことを香港の「塔」のことだと思っていたほど香港について無知だったのですが、Aくんが熱心に調べていてくれたおかげですぐに種々の観光地がピックアップされました。まず僕達はセントラル近くの道教の寺院に行って観光らしい観光をしました。その後お店を覗きながら歩いて駅に向かいましたが、この際に没収されたトランプの代わりとして、香港トランプを買いました。このトランプはすべての札に中華料理が書かれているもので、かなりセンスがよく気に入りました。また道中には選挙ポスターなども見られ、これがすべて大陸派の議員なのだな…と思いを馳せました。
さて電車に乗って向かったのはモンスターマンションです。九龍城を彷彿とさせるその構造は圧巻で、来てよかったなと思わされるものでした。
<迫力があって良いですね>
ここの見学ではよくある住民と観光客の対立を思わされる注意文が見られ、また日本人も多く見られるようになり、良く知った観光地に戻ってきたな、という気分になりました。
チェックインと湧き水シャワー
ホテル最寄り駅に戻り、徒歩圏内の香港島を望めるスポットでジャッキー・チェン像と写真撮影をしたりした後、チェックインまで時間を潰すためにランダムに入った中華料理店が高級店で一同注文を渋る下りやりました。香港の物価に戦々恐々とした後に香港のアダルトショップを見学し、いかがわしい施設の近く37通り過ぎ、ようやく一行はホテルに至りました。果たして部屋に入ってみるとそこは監獄然とした雰囲気で、6畳ほどの殺風景な部屋にシングルベッドとダブルベッドが1つづつ置かれています。安宿なので仕方ありません。ともかく僕はシャワーを浴びることにしました。
<この部屋ではないのですが、同様の構造のシャワーが湧き水レベルでした>
するとびっくりです。まずシャワーの流量が山の湧き水みたいな量しか出ず、かつ給湯器が一切作動しません。つまり、全身を洗うには風呂桶に1分ほどかけて冷たい水をため、それをかける工程を10回ほどやらねばなりませんでした。ここにきて香港ライフが絶望的になってきました。風呂トイレ一体には慣れてきましたが、シャワーなしは耐えられない、と思いましたね。
この苦行のようなシャワーをなんとか浴びてもう一方の部屋に行くとそちらは温度調整こそうまくいかないものの、流量は十分なようでした。直後に大富豪で部屋決めをする流れになった際、僕は勝ちにいって無事流量十分な部屋を確保しました。
ピークタワーと民主派
トランプに興じた後、僕達は夜景を撮りにピークタワーに向かうことにしました。ケーブルカーはアトラクション風で楽しく、頂上からの景色は綺麗でしたが、とくに印象に残ったのは頂上で集合写真を撮っていたカメラマンの発言でした。
彼らは僕らが日本人とわかると、自分が日本が好きであると強調してきました。Sくんが、僕達も香港が好きですよと述べると彼はすぐ理由を聞いてきました。Sくんが答えに詰まる中で矢継ぎ早に、”Hongkong and China are different country, you know.”と言ってきました。僕がすぐに「アイノー、ホンコンイズフリー!」と叫んだら喜んでいました。彼は民主派だったようです。香港に来て最も政治的な要素を感じた瞬間でした。一国二制度の崩壊をこの街の人々の中には受け入れきれておらず、それでも香港を愛していて、ここで生きていくしかない苦悩を想像しました。
さてこのカメラマンがやけに僕達に(わざわざマイクをオフにしたことを強調して)中国人があまり好きではないこと、香港は自由主義であること、日本が好きなことを時間をかけて話してきて、別れ際に写真提供チケットのようなものを複数渡してきたのでなんらかのサービスを受けられるのかなと思いました。しかし写真購入センターにそれを持っていたらとくに割引はなく、かなり高かったので無慈悲に購入を取りやめ僕達は帰宅しました。
吉野家
中華料理は飽きない、と書きましたがこの日のTくんは昼飯が高かったこともあり、中華料理はノーサンキューな気分だったようです。そこで僕達は日本食を求めて吉野家まで15分ほど歩きました。タッチパネルでの注文がなにかの問題で出来なかったので口頭で注文しましたが、僕はSくんの後だったので同じものください、というだけで済みました。ペプシとセットで提供される牛丼は新鮮でした。僕とRくんはお腹が空いていたので隣のMacに行ったのですが、僕のオーダーがうまくいっておらず待ちぼうけを食らっていた38ところ、またSくんに助けてもらいました。本当にありがたいですね。
6日目:マカオ
マカオへ
この日はマカオに行く、ということだけ決まっていて10時くらいに起きました。徒歩圏内の交通センターから船で1.5時間ほど、ということだったのですが行ってみるとどうやらそこからはバスしか出ていないようです。バスで向かうことにして、乗り継ぎを経て香港からの出「領域」審査→またバスという流れで全体で2時間ほどかけてマカオにたどり着きました。もちろんマカオでも入「領域」審査がありました。マカオでは僕の香港esimが使えなくなり、またOctpusカード、Alipayも使えませんが香港ドルが使えるようでした。市中心部へのバスはAくんに一括で現金払いしてもらい、マカオ市庁舎?の広場にたどり着きました。
例によって全く予習をしていなかったのですが、Aくんの案内がありがたかったです。広場の中華の食事を済ませ、一番でかいビルのカジノに向かいます。カジノの入場センターでは21歳以上であることが確認され、Rくんが入れませんでした。北京の自転車のときと同様の選択で僕はRくんに待ってもらって入場しました。前日にポーカーなどを練習していたのでかけられるものを探しましたが、中国独自のものもかなり多く、雰囲気も大人な感じで冷やかしの若造が割って入れる感じではありませんでした。またテーブルにディラーがいるようなものは最低の掛け金が万単位であるものも多く敷居が高かったので僕やTくん、Aくんは戦意を喪失しました。その中でもSくんは単純なゲームを見つけ、キャッシュで果敢にかけました。その額200マカオパタカすなわち1万円です。たしかサイコロの2つの出目が6より小さい、にかけて見事的中させたSくんは10秒で1万円増やしていました。大興奮というか、やばいな、というのが全員の感想でした。
Sくんが興奮する一方で萎縮してしまった僕達は外に出てRくんと合流し、一同で別の細かくかけられるカジノを探しました。条件にあうカジノに入場し、今度は自動のマシーンでかけてみます。戦績は表3のとおりです。
<表3:カジノ戦績>
| 人物 | 通算戦績 | 反応 |
| ぼく | +1000円 | 喜び |
| Sくん | -2000円 | 激怒 |
| Aくん | +8000円? | 冷静 |
| Tくん | +400円 | 喜び |
僕も1000円くらい買って嬉しかったですね。Aくんが2000円すってた後に、cash outボタンを連打しながらキレててたのが面白かったです。「無料の飲み物暴飲しないと怒りが収まりません、絶対にカジノを規制してやる」という発言でみんな笑顔になりました。
天主堂→香港に戻る
さてカジノは満足して天主堂に向かいました。観光地然としていて良かったです。展望台的なところから集合写真を撮って、そこでマカオを後にします。このときにはもう旅の終わりが意識されていましたね。帰りももちろんAくんが案内してくれ、現金のみの当日券を購入し、出領域検査を経て、今度は船で帰りました。高速船なので早いのですが船酔いしてしまい、僕は海の男にはなれないなと思いましたね。
さて入領域検査を終えて僕達は香港最後の食事をワンタン麺に定めて豪遊しました。旅は楽しかった、という総括だったと思います。ホテルに戻る前に、みんなで香港島の夜景を眺めました。
<夜景です。きれいですね。>
この日の夜は28時ごろまでハーツやナポレオン、大富豪をやっていましたね。
7日目:香港→島国(帰国)
11時くらいに起きて空港に向かい、Rくんと別れ、飛行機に乗って帰るだけでした。道中ずっとハーツをしていました。成田空港で解散しました。
おわりに
あまりに長大な記事になってしまったので旅行終了から執筆完了まで時間がかかってしまい、最後の方は尻すぼみになってしまいました。適宜アップデートしたいと思います。ただAくんが最も強く感じたように、中国の発展の素直に優れた部分に学び、またアジアの共同体としての意識を高めつつ、我が国に対する愛国心を持たざるを得ない旅行だったと思います。
とくに僕は日本のシステムに依存して生きていますから、自分自身の地位を保証するためにも日本の発展に寄与しなければなりません。業種選択の問題からGDPに直接貢献できることはないと思いますが、自分なりのできることを模索していかなければならないなと思います。中国については第二次卒業旅行も控えておりますので、引き続き知っていきたいと思います39。駄文に付き合ってもらってありがとうございました。
- 本当にありがたいことに金銭的・社会的に恵まれているおかげでそのような立場を享受できていることの社会的責任はいつか果たさなければならないと考えています。
- とくに国政においては「楽しんで」政治を見ています。ちょうど野球好きの人が球団を応援する感覚に近いかもしれません。与野党の政治家の動向や専門分野を追うことはまさに「推し活」といえます。一方で経済的地位が政治によって決定的に左右される階級に所属していないことでそのような特権的な見方ができるのだ、という批判はなされて当然ですので、このような楽しみ方は不謹慎であると常々自省しています。
- そもそも民主集中制とプロレタリア独裁の原理が良いことだとは思えません。
- たとえばHuaweiiやXiaomiなどの優れたハードウェア製作能力はもちろん、Baidu, WeiboそしてWeChatやAlipayといったソフトウェアを国産で賄っているのがすごいと思います。もちろん背景にはグレートファイアウォールの存在があり、また検閲可能性といった問題が内在していようともGoogleから独立的できる市場を確立しているのは尊敬に値します。
- 僕自身GDPに直接貢献できるようなことを一切していない身で偉そうなことは言えませんがそもそも人口構造がボトルネックですので今後の発展は見込めないと思います。
- NHKニュースによれば、人口減少は3年連続だそうです。日本の人口が単調減少になったのは2010年代ですから、15年ほど遅れて後追いしていくのかもしれませんね。
- 参考:石川禎浩. 中国共産党、その百年. 筑摩書房, 2021年.
- その話については前回記事でも言及していますね。まじで良い話なので皆さん1期1話から見てください。
- 最初僕だけ認証済みなのにクレジットカードが使えなかったのですがどうもview suicaのカードがだめだったようです。三井住友のオリーブカードに変更したら無事使えました。
- もっともこれは観光用路線のようです。脱線しますが僕は日本のリニアモーターカーについては若干党派性が入るものの反対の立場です。そのへんの問題について書籍(山本義隆. リニア中央新幹線をめぐって――原発事故とコロナ・パンデミックから見直す. Tōkyō: みすず書房, 2021年.)も買っているのでいつか読まなきゃなと思っています。
- 中国ではほぼ1週間中華でしたが不思議と飽きませんでした。やっぱ中華は美味しいですね。
- 余談ですが中国に入国した時点で我がスマートフォン(SAMUSUNG製)が「日本と韓国以外の国ではシャッター音を消すことができます」とアナウンスしてきたので中国では無音で写真を撮れました。フェミニズムを学んでいなくても、我が国が国際的にこういう扱いであるのは悲しいですね。
- 出典がyoutuberのスーツ氏の動画になって恐縮ですが、選挙区と東京の往復に夜行列車を使うのが好きだったようです。
- 会話の中では「朝鮮語」と呼びました。僕らはレストラン内では徹底して、韓国という語を避けて、北の体制に矛盾しない会話を心がけました。スタッフは中国語か韓国語しか応答しませんが、日本語を理解している可能性は十分にあるからです。
- このショーを含め、中国人客が写真を撮っていたので僕らもレストラン内部の様子の写真は撮りましたがこの場に上げることは控えさせていただきます。
- 中国は多くの面で日本を追い越しています。ただ一点、ウォシュレットの存在だけは日本が世界一だと自負できるように思えます。復路の成田空港で真っ先に駆け込んだのはトイレですし、ウォシュレットと紙を流せるトイレに感動しました。日本の産業は、車を含め今後は厳しくなってくるかもしれません。しかし紙を流せるトイレとウォシュレットの清潔なインフラは世界を席巻する可能性があるように思えます。これは訪中団が全員が同意したことです。
- この日というか北京全般でRくんには負担をかけてしまいました。いつか報いたいと思います。
- Rくんだけは内容を一部理解してたようで、現代政治から西遊記に至るまで道中の景色を解説してくれていたようです。また、「寝ないで説明を聞くように」とも言っていたようでした。
- 羽田野主. 中国共産党 支配の原理 巨大組織の未来と不安. 日経BP, 2023年.によると、習近平指導部が食料安全保障の文脈で食べ残し文化の是正を支持したことが紹介されています。これは道義的観点以上に、今後の西側諸国との対立により食料を含めた物資の供給の滞りに対する対応のようです。食料自給率が低く、かつ備蓄米の放出すら頻繁に話題になる我が国が思いやられる気がします。
- この寺はなんだったのか、後に調べようと思います。
- この日1日お世話になったバスはおそらく中国国産の電気自動車だったように思われます。加速感がエンジンのそれにはない反応性で静かでした。加減速の激しさからTくんは酔ってしまったのではないか、と想像しました。前述の参考文献(羽田野主. 中国共産党 支配の原理 巨大組織の未来と不安. 日経BP, 2023年.)でも中国におけるEVの普及とその国産化が指摘されていますが、中国の交通のEV化国産化は着々と進んでいて、日本の自動車産業の先が思いやられました。
- 「手机」というのが携帯電話の意味なのですが、毎回手机を求められて絶望していたのでかなりトラウマになりました。
- 第3インターナショナルから派生した中国共産党が現在一国主義・民族主義的な言説に頼っている(参考:参考:石川禎浩. 中国共産党、その百年. 筑摩書房, 2021年.)のは矛盾ともとれますが、時代に対する適応上やむなきことに思えます。
- 羽田野主. 中国共産党 支配の原理 巨大組織の未来と不安. 日経BP, 2023年.に全訳が記載されていました。同じような内容がひたすらもったいぶった強調表現で繰り返されて読むのがかなりしんどかったです。また改革開放と計画経済の位置づけが矛盾なく共存しているような内容の文章で興味深かったです。
- 一方で出国時、Rくんから毛沢東主席の本名を口にするのは避けた方が良いと言われたように、肯定的であれ否定的であれ、外国人や一般の国民が政治的要素に言及すること自体避けた方が良い、という雰囲気は同時に存在しているように思われました。
- 僕にとってナポレオンやハーツといえば、中高時代が強烈に想起されるキーワードです。また大富豪といえば、大学4-5年が想起されるキーワードです。この旅行中行ったナポレオンやハーツ、あるいは大富豪はいずれもその時と違うルールでしたが、(昔の僕だったらそうであったように)自分が知っているルールに固執することはありませんでした。トランプとゲームをテーマになにかブログを書いてもよいと思えるくらい、トランプは僕の青春の象徴の一部なのです。
- 北京動物園という政治的にプレーンな場所に行くのは割と最終手段感がありましたが、その他の重要施設は月曜日休館か、SMS認証が必要という問題がありました。
- もちろんXがAを行えるように協力するという選択肢もあり、通常それが最初に実行されます。今回もそうでしたが、どうにも無理そうだったというわけです。
- この責任回避の実践については大学1年次や3年次に自分を見つめ直す機会がありました。
- 一方でPM2.5の被害など公害問題があるとも思います(ただしそれもEV化で解決されるかもしれませんね)。ほとんどの西側諸国の道路より太く、整備されているように思います。これは中国の発展が最近であり、馬車に合わせて作られた道を流用しているわけではなく、自動車前提の道路整備をしているからかなと想像しました。
- もっとも場合によっては自動車用道路をまたぐように自転車レーンがデザインされていることもあったり、またよく後方から原チャリがかなりな速度でクラクションを鳴らしながら迫ってきたりして、そのときには肝を冷やします。
- 僕はママチャリにスマホフォルダーを装着して道案内を常時表示していますが、レンタルチャリではそれができません。ただでさえ細かい道を把握するのが苦手なので、外国での道案内は厳しかったです。
- 自転車は途中の小学校周辺で返しました。子どものお迎えのために道路が大渋滞していてこれ以上進めない感じだったためです。小学校周辺は本当に生活感があって良かったですね。またこのとき行った観光地がなんだったのか忘れてしまいました。中南海が政権中枢で、そうではなく北海、ということだけ覚えています。
- 性格にはAlipayHKなど香港向きサービスはあるようでしたが、いずれも中国公民向けで、かつあまり普及していませんでした。SくんはAlipayでExchangeを試みていましたが、中国人でないと応じられない、の一言で断れられていました。
- まあ受験のときもリスニングやスピーキングの訓練をしておらず、この6年間は全く英語の勉強をしなくなったので当然ですね。ガチで英語通じないことがわかったのでいつか克服したいものです。
- ここでこの旅行初めてのCash Onlyに遭遇してびっくりしました。またこの牛麺はそれほどの量でないのに1000円程度して、物価の高さにも直面しました。
- 入口まで行ったところこのあたりは日本語表記も目立ちましたし、日本人の出入りもありました。またアダルトショップの中はほとんど日本のAV関連商品やグッズで埋め尽くされており性の生産国消費国であることは嫌でも意識されました。
- 海外旅行で困ることが多いな、とわかったのは「これはオーダーされていますか?」ということを確認したくても、語学力やコミュニケーション力の問題でそれが出来ないということです。両方をいつか不自由ないレベルにしたいですが、いかんせん日本に生きているだけだと身につかない気がします。
- もちろん1回や2回の旅行であの国の何が知れるわけでもないですが、引き続き興味を抱くに値する国だな、と思っています。